サイコパスの研究(2)

「サイコパス」がなぜ問題なのかというと、人間社会の成立の基礎には「情」「他人への共感」というものがあるからだ。「他人への共感」を欠いた人間関係は、人間社会の基礎となるものを失うので、人間社会としてそれが機能しなくなる。それは人間社会を1つにまとめている原理でもある。

なぜ人間社会の基礎にそういうものがあるかというと、人間社会は常に外部の自然とたたかってきた歴史があるからだ。人間は社会を作り、相互に心を通わせ、ひとつの塊となっていないと、自然の中で生きていけなかったからだ。

サイコパスの持つ「競争原理的世界観」は、そういう社会がしっかりとできあがってから後、その社会の中で発生していく。「サイコパス」の人には人間社会の外側にあるものが見えず、人間社会の内側にあるものしか見えないので(あるいはそういう教育を受けてきているので)、自然の中の人間社会、という視点を持つことができない。その狭い世界観から言えば、人間の社会というのは、その社会の内部での競争に勝たねばならない、と思うだろう。しかし、人間社会内での競争が過剰・過激になると、それは競争ではなく、社会内の「闘争」「内乱」となる。人間社会を内部から崩していくのだ。

人間社会の内部での闘争では、社会そのものの秩序が破壊され、人間社会が維持できなくなる。サイコパスはそれでも良いと考える。だから、サイコパスは「反社会的」と言われ、忌避されなければならない性質なのだ。

つまり、人間社会において「情」というのは付加的な要素なのではなく、人間社会を成立させている基礎の1つである、という大前提を、サイコパスの人々は壊して回る。そのため「反社会的」「精神病質」と言われることになるわけだ。

だから、企業経営など人が組織を作るところでは「情」というものが実は非常に大きな組織運営の要になる。だから、「情の無い経営者のところには人が集まらない」「人がすぐやめる」ということが起きるのだ。サイコパシーとは自然の中の人間という視点を欠く人のことであって、それはそれで、人間社会のことしか考えないで生きていられた、という意味において、幸せな人生を送ってきた人だ、とも言えるだろう。

 


Raspberry Pi Zeroでsshで外部からのアクセスをさせるまで

ネット上にRaspberry-Pi Zeroの記事は少ない。Raspberry-Piの記事はたくさんあるから、それを参考にすれば、ほぼな違いなく動くのだが、OSも日々新しいものになっていて、古い記事も多い。ここでは、2017年3月20日現在のRaspbean/JessieのOSのバージョンを使って、sshで外部アクセスができるところまでを自分用のメモ的に書く。写真のように無線LANで接続して、外部からアクセスができるようにするまで、だ。

1.OSのダウンロードと書き込み・立ち上がりまで
OSのダウンロードは、ここから行う。今回は軽いものではなくて、フルセットのRaspbianをこのページの左側からダウンロードした。ダウンロードしたファイルは.zipファイルなので、これを解凍すると、「.img」ファイルができる。このファイルを8GB以上の容量を持つmicroSDメモリカードに書き込む。Linuxでは、rootになって以下のコマンドで書き込む。Windowsの場合は、unetbootinなどのツールを使う。microSDはUSBのアダプタなどでPCと接続するが、ドライブ名が異なることもあるので注意。私の場合は「/dev/sdc」だった。これは、/var/log/syslogなどの記述を参考に、どのドライブ名で接続されたかがわかる。Ubuntuなどでは、USBの認識ができると、そのままパーティションの「/dev/sdc1」などをマウントしてしまうので、umountコマンドでマウントを解除しておいてから、以下のコマンドを叩く。(Windowsの場合は、Unetbootinユーティリティが勝手にドライブを探してくれるので、それに従う)。

# dd if=(ダウンロードして解凍した.imgファイル) of=/dev/sdc

すると、数分から数十分で書き込みが終わる。書き込みが終了したら、(1)microSDをアダプタから外し、電源の入っていないRaspberry-Pi Zeroに差し込み、(2)OTGと書かれているmicroUSBにOTGケーブルを接続し、(3)ハブを接続する。ハブには(4)キーボードと(5)マウスをハブ経由で接続する。さらに、今回は無線LANを使うから、(6)無線LANのUSBドングルも接続しておく。(7)また、miniHDMIコネクタに、ディスプレイを接続する。この状態で、(7)電源用のmicroUSBに5Vの電源を接続する。しばらくすると、GUIの画面が表示されるはずだ。この状態で、「pi」というユーザーでログインできている。ターミナルは画面上部にあるアイコンをシングルクリックすると動き出す。これから後は、このターミナル画面を使って設定する。設定のためには、ターミナル画面が出たら、まずrootになる必要がある。上記の(1)〜(7)がチェックポイントだ。

raspberrypi$ sudo -s
root@raspberrypi#

このコマンドでrootのプロンプトが出てくる。
ついでだから、ユーザー「pi」のパスワードも変更しておこう。

root@raspberrypi# passwd pi
Enter new UNIX password:
Retype new UNIX password:
passwd: password updated successfully
root@raspberrypi#

 

2.LANの設定
OSがRaspbean/Jessieになっているはずなので、まずは無線LANの設定を行う。接続したい無線LANアクセスポイントのSSIDとパスフェーズを得る。そこで、以下のコマンドを叩く。SSIDには接続したいアクセスポイントのSSIDを入れる。すると、パスフレーズ待ちになるので、パスフレーズを入れる。すると、以下のように数行のアクセス用の暗号化したパスフレーズの行が出てくる。この「network」の行から}の行までをクリップボードにコピーしておく。

root@raspberrypi# wpa_passphrase SSID
network={
ssid=”SSID”
#psk=”xxxxxx”
psk=f70e5dc704508c86df4f780f-0459510a9e4240574cf9xcce397de08a508e56ec46694e9e0c
}
root@raspberrypi#

 

次に、/etc/wpa-supplicant/wpa-supplicant.confファイルに、前記でクリップボードにコピーした数行をエディタで加える。今回使うのは無線LAN(wlan0)なので、そこに固定IPアドレスを設定するには、/etc/dhcpcd.confファイルに以下の行を加える。

interface wlan0
static ip_address=192.168.0.29/24
static routers=192.168.0.1
static domain_name_servers=192.168.0.1

見てお分かりの通り、「static ip_address=」はIPアドレスとネットマスク、「static routers=」はGatewayアドレス、「static domain_name_servers=」は、ドメインネームサーバーのIPアドレスだ。これらの値は現在使っている環境にあわせて設定する。

3.sshdの設定
次に外部からアクセスするための、sshdの設定を行う。sshdはもともとインストールされているので、設定だけでOKだ。設定は、「/etc/ssh/sshd_config」を修正する。まず、Portはデフォルトから変更しておくと、ハッカーなどにやられにくくなるので、この設定へ「22」から変更しておくと良いだろう。

PermitRootLogin no

これはしっかり確かめて、「no」になっていることを調べておこう。なっていなければ、noにしておこう。

PasswordAuthentication yes

これでシステムのパスワードを使ってログインできる。sshdがデフォルトで動いていないので、/etc/rc.localファイルに以下の行を加えてブート時にsshdが動くように設定しておこう。

service ssh start

 

4.リブートする
以上で、raspberry-Piの本体の設定はできた。これでリブートし、数分でRaspberry Pi Zeroがsshで外部からアクセスできるようになるはずだ。設定変更後最初のブート時は、書くもののスペルを間違えたりして動かなくなることがあるので、設定変更後の最初のリブート時には、HDMI経由のディスプレイ、キーボード、マウスなどははずさないで置いておくと良い。

root@raspberrypi# shutdown -r now

これでリブートする。最初のリブート終了後、ネットワーク経由で外部からのsshアクセスができることを確かめたら、シャットダウンして、ハードの構成を変更する。

root@raspberrypi# shutdown -h now

電源が落ちたら、HDMIケーブルも、ハブも外し、OTGのmicroUSB端子のOTGケーブルには、無線LANのドングルだけ挿してあればよい(写真)。あとは電源を入れなおして、リブートすると、立派なIoT開発用の極小マシンができあがる。

しかし、500円ほどでこういうものができるとは。。。。。

【注意】RaspberryPi Zeroには、「W」が末尾についているものがあって、これは最初から無線LAN付属。値段はちょっと高い。無線LAN接続が前提であれば、こちらのほうが良い。ここでご紹介しているのは、無線LANのUSBドングルで接続して動くもの。ただし、設定のやり方は同じ。残念ながら、無線LANのUSBドングルはRaspberry-Piでは動かないものもあるので注意。

 


「IoTの学習」のやりかた

●電子工作が花盛り
最近、秋葉原に行くと、秋月電子とかマルツパーツとかに多くの人がいる。みな電子工作用のボードコンピュータとかキット、パーツなどを買いに来ているのだ。かつてそれはぼくが高校生くらいからやっていた趣味だったし、秋葉原で秋月電子(当時は信越電気商会)を知る人はそんなに多くなく、また、置いてあるものもマニアックなもの、という感じだった。だいたい、トランジスタやダイオード、抵抗、コンデンサを買うのはそれを使ってなにかが作れるやつだけだったから、要するに「少数派」だった。

●IoTと電子工作は関係ない
しかし、最近は「IoT(Internet of Things)」という言葉が流行っていて、「これぞIoT」といって、「アマチュアの電子工作」がもてはやされ、日本の各地でセミナーなども花盛りだ。講師は日本の産業が華やかだった時代の退職したお年寄りかその弟子、っていう感じの人たちだ。しかし、正直なところ「アマチュアの電子工作」はそのまま「=IoT」ではない。LEDをプログラムで光らせる程度の話は、要するにただのアマチュアの電子工作の域を出るものでもなければその基礎になる、というものでもない。ただのアマチュアの電子工作である。

●アマチュアは楽しめればいい
アマチュアは採算は考えなくていい。楽しめればいい。だから、騙されていても、楽しければいいのだから、それはそれで楽しめばいい。プロの電子機器の制作、IoTの利用は、同じものを使っていても、意味と方向がまるで違うし、どこにお金をかけるかも違う。プロはまず最初に「なにを作れば商品として売れるか?」などを決める。なにを作ったらいいか、を考えるのに大きなお金を使う。アマチュアはセミナーなどに行って「LEDを光らせましょう」なんて言うところから始まる。言われたことをやっていれば、なにやら役に立つように思えて、それで楽しい、から始まるのだ。アマチュアは「何を作ったらいいか」にお金や時間をかけない。しかし、プロの勝負の最初はそこだ。

●プロは半田付けがうまいのはなぜか
次にものを作り始めても、プロはハンダ付け一つでもおろそかにしない。導通があるのだかないのだかわからないイモハンダなんてのはもっての他。たった一箇所の接触不良でそのトラブルシューティングを時間をかけてする余裕はない。一発で動かなければ時間の無駄だ。時間はお金だから、小さなところに手を抜かない。アマチュアはそういう無断な時間を楽しむ、ってこともあるわけで、それはそれでいいんじゃないの?ということになる。動かなくたって、誰も責任を問われない。自分の時間とお金が無駄になるのもまぁ、ご愛嬌だろう。しかし、プロはそうはいかない。投資は他人様にしてもらうのだ。1秒でも無駄にはできない。だから、半田付けの技術はあって当たり前。一発で確実にできなければプロではない。

●しょせんはアマチュアはアマチュア
だから、アマチュアの電子工作はいくら沢山やっても、アマチュアでしかない。AuduinoやRaspberry Piなど、ボードコンピュータの種類は増えた。アマチュアはそのバリエーションを楽しめばいい。しかし、プロはどれを使って試作品を作ればお客さまの望むものが短時間でより安くできるのか?とか量産時には部品供給は大丈夫か?とか、ボードを入れるケースは防水・防塵が必要なものなのか?だとしたら何を使うのか?など、「モノを動かす」以外のところがとても重要であることも多い。同じLEDを光らせるにも、吹雪の中で使えるか?とか、夏の日照りの中でも何時間も大丈夫か?ということも考えるのだ。そのため、本体のコンピュータや通信回線料金などよりも防水ケースにお金がかかる場合もかなりある。プロが提供するのは「商品」であって、個人の満足ではないからだ。

ということは、本格的にIoTの勉強をしたいのであれば、「なにを作れば売れるか?(社会的に価値があるか)」「お金」「時間」が非常に重要なファクターになる、ということだ。プロになるための「訓練」として「アマチュアの電子工作」をするのであれば、そういうプロの置かれている状況に想像力を働かせ、今自分にはなんの技能をつけたらよいか?と考えながら、電子工作をする必要がある。

私は電子工作でこういうものを作ってくれ、と言われれば、ほとんどなんでもできる。だから必要なのは「なにを作ったら時間とお金を無駄にしないか」ということであって、それは結局「なにを作らないか(社会的に価値のないものを作って時間を無断しないか)」ということを常に考えている、ということでもある。そして残ったものだけを作っているのだ。楽しいかどうかは二の次だ。そうでなければプロの仕事ではないからだ。

 


スマホのカメラでプロの写真は撮れるか?

最近は、スマホのカメラが発達していて、ちょっとしたスナップでは非常に重宝する。また、画質も良くなってきている。メーカーの謳い文句では「これでデジタル一眼は必要ない」くらいに言っているところはいっぱいある。とは言うものの、実際に「現在の最高画質」と言われているスマホのカメラをいくつか使ってみてわかるのはやはりスマホのカメラは「アマチュアの道具」ということだ。アマチュアが卒業式の集合写真などを撮影するには、正直言って十分、ということは確かだ。しかし、写真による表現、というものを考えるとき、やはりスマホのカメラでは力不足であることはしょうがない現実だ。

また、プロでも「チェキ」などのインスタントカメラやトイカメラを使った作品を作ることもあるわけで、また、過去にはインスタントカメラを使った作品、というものをやったプロもいるわけだが、要するにそれはそれだけのことだ。普段は油絵を中心として描いている絵画家が、鉛筆で作品を描いてみました、というようなもので「アマチュアの道具を使うとプロはどう使うか」というところに、作品を見る楽しみが出て来る。スマホのカメラで撮った写真の写真展をプロがやるのは、「スマホがプロの道具として認められる程良くなった」ということではない。「ピアニストがおもちゃのピアノを使ってみました」という場面を想像するといい。そのピアニストは道具はなんであれ、プロの作品を作るのであって、子供と同じクォリティのものを作品とするわけではあるまい。また、子供が使うおもちゃのピアノを子供が使っても、子供の叩くピアノの音しか出ない。

スマホのカメラも、しょせんはそういう程度のものだ。ぼくも実際に使っているが、超広角、望遠などで作画し、「これは」という瞬間を捉え、色調を調整しトリミングをし、作品として仕上げる過程は、スマホで撮ろうが何百万円するプロの機材で撮ろうが同じようなものだ。そして出来上がったものはその人の作品となっているのであって、アマチュアの猫のスナップ写真とは一線を画するものになるのは、誰の目にも明らかだ。

私も写真を仕事にしていたときがあって、実際その現場というものはたくさんあるので、一言で「プロの写真現場」といっても多様なものがあるわけだが、プロの機材を持って写真を撮った経験があると、それがスマホであれなんであれ、プロの作品を撮ることができないこともない、ということだ。そしてあるとき、スマホのカメラのほうが面白いものが撮れると、ひらめいたときに、その道具を使う、というそれだけのことだ。

いくら良いカメラを揃えても、アマチュアは所詮アマチュアであって、プロではない。逆に、プロが撮るのでれば、それがチェキだろうがiPhoneだろうが、なんとかする。そういうものだ。高いお金を払って「写真をうまくなりたい」と写真教室に通ってプロの写真家の先生を前にしても、アマチュアはしょせんはアマチュアが撮れるものしか撮れない。逆に、プロはそれがどんな道具であろうと、なんとか作品に仕上げる。プロとはそういうものだ。

 


結局は「訓練」と「才能」。「誰でもできる・わかる」はウソだ。

●アイドルやヒーローは「自分でもできるかも」。実際はできない。
Perfumeといえば、少々古いといえば古いんだが、音だけ聞けば「きゃりぱみゅ」だと言っても違和感はないだろう。現代日本におけるマスコミに乗る「アイドル」「ヒーロー」とは「自分でもそういう環境に置かれたらできるかもしれない」と思わせるものを持っていないといけない。その人の強烈な個性があって、その人に代えがたいもの、というのは忌避される。

きゃりぱみゅはいわゆる「美人」ではない。誰でも歌える歌を歌っているように見え、その声はエフェクトの向こうに隠されているがゆえに、Perfumeでもなんでも同じ声に聞こえる。つまり、その声はあなたにも出せる、と思わせる。そういう「声作り」「音創り」がされている。それが「現代的だ」と言われる。

実際には、厳重な管理の下で作られている声であり音だから、その管理に乗っかることができる訓練が最後までちゃんとできるタレントでなければ、表に出ることはない。万人ができることではない。

●ビジネスでも「あなたも億万長者になれるかも?」っていうけど、ほとんどできない
ビジネスの世界でも「あなたも億万長者になれるかも?」というのはそのまま「あの億万長者とあなたはそんなに違っていない」という、そういう思い込みから来ている。それを植え付けることができれば、それは話題になる。「あなたもスマホとネットで新しいビジネスを考えればいつでも億万長者への道が開く」と思わせる。

実際のところ、目の前にそういう人を見ていても、その人が「そうなる」ことはまずできない。人間には目に見えない、そういう重なり合わない「個性」の部分が非常に大きな差となっているものなのだが、その差を見えないようにする、というそういう「テクニック」が必要になる。それは並の訓練ではできることではないし、その人ひとりでもできることでもない。

カラオケで有名になった曲を上手に歌っても所詮はアマチュアであり、プロになった夢は見させてくれるが、実際にプロにはるのはすごくしんどいことで、並の人間ではできない。しかし、そこに垣根が見えてしまうと、人気がいっぺんになくなる。

●本当は、あなたは絶世の美女ではないし誰もが振り向く美男でもない
タレントにも「絶世の美女」がいた。今はそういう人は流行らない。自分で辿りつけないところにいる人は「自分とは関係ない人」というだけのことになる。それは「無関心」と同義であって、多くの人の耳目を集めることができない。「あこがれ」がなくなった世界が、今だからだ。

夢を見させて、夢で終わらせる。それが今のアイドルやヒーローがやっていることである。そして、それはおそらく現実である。

●「自分でもなれるかも」という希望は希望だけさ
思えば昭和から平成の時代は、「スーパーマン」だったり「ウルトラマン」の時代だったんだな。そういう時代には、人よりも秀でたものを持っていることは、ステータスであったし、音楽で言えば、それはその人以外誰にもついてこられないものを持っていることが人前に出る第一条件だった。

しかし、時代の変化はそういう「ヒーロー」「スーパーマン」ではなく、「自分でもなれるかもしれない」と思わせるものを持つことが、大切になってきた時代に変わった。実際にはその人にはなれないとしても「なれるように見せる」のである。そこには当然ウソがある。

しかし、それがウソであるかどうかではなく、自分がヒーローになった「気持ち」を自分の中に持たせてくれる人、というのが、重要になったのだ。実際、ITの世界でも「自分でもできる」と言い出す人が増えてきた。本当はかなり訓練が必要とされ、才能も必要とされるので、専門家でないと難しいものは、いっぱいあるのだ。しかし、それがあたかも、そういう個性や訓練が無い人でもなんとかなる、と思いたい、という人が増えているのを感じる。実際にはできない。

●「ITは簡単ではない」という現実とウソ
「ITなんて簡単だ」と、思わせてきた仕組みもいっぱいできた。しかし、いざアクシデントがあると、そう簡単にはいかないことのほうが多い。アクシデントがなくても、専門家が必要になる場面は現実には多い。しかし、気分がそういう気分ではないのだ。「専門家」「飛び抜けたなにかを持つ人」は、忌避される時代になったのだ。

しかしながら、そこには「ウソ」が元からあるから、どこかで破綻する。時代が変わる音がまた聞こえている。日々訓練を怠らず、自分の才能を信じ、目の前を通るチャンスに恵まれれば、それが成功につながる。成功とはそういうものだ。そして、成功のときはそんなに長く続かない。そういうものだからだ。

 


最近のiPhoneの充電器事情

つい昨年、iPhone7Plusを使うようになったのだが、もちろん、Androidのスマホもいくつもあって、ローテーションを組んでSIMカードを入れ替えて使っている。こうすると、スマートフォンそのものを取り替えられて、非常に便利だ。問題になるのはLINEの切り替えだけで、あとはSIMを入れ替えただけでなんとかなってしまう。

それはともかく、最近のiPhone7になると、どうも充電の電源を多く食うようなのだ。iPhone7(plus)のスペックを調べて見ると、最大充電電流は書いていない。しかし、ネットのあちこちの情報(いい加減なものもあるようだが)によれば、付属の1A最大の充電器では速い充電はできず、どうやら2A以上のものが良い、ということになりそうだ。

そうなると、最新のUSB3.0の最大供給電流の1Aを超えてしまう。良く使われているUSB2.0だと、最大供給電流が0.5Aまでだから、こちらではスマホの充電でも明らかに足りない。

結局、現代の最新のスマホでは、iPhone7を含めて、充電器には2A以上のものを用意する必要があるんじゃないか?ということになる。「付属の純正品だからOK」では済まない時代になったのかもしれない。

 


慰安婦像もあるけれど釜山は日本人が多い街

 



実際のところ、韓国・釜山の街に行って日本人の自分が驚くのは、日本語の多さだ。街の標識もさることながら、地下鉄の各駅には必ず日本語の表示があるし、ターミナル駅付近になると、日本語でのアナウンスもある(英語も中国語もあるけれども)。また、ロッテデパートでは日本語のアナウンスも普通にあるので、まるで日本に来たのかと錯覚するくらいだ。釜山の街に出れば、屋外で営業している露天のお店などでも日本語の表示をしているところがたくさんある。

日本の占領下で作られた建物もたくさん残っていて、特に当時の日本の政府関連企業の「東洋拓殖」のビルは、釜山市の「釜山近代歴史館」になっていて、そこでは占領下での韓国映画を上映している。日本語字幕つきだ。また、その建物の中では、日本占領下での町並みのジオラマがあり、その中には「憲兵隊の建物」なんてのもある。その説明員の方に聞いたところでは、「歴史は歴史。そういうことがあった、というのは過去のことだけど、それでいいんじゃないですか?今のこととは関係はしているだろうけど、今と昔は違う。ただ、昔のことはちゃんと記録はしておいたほうがいい。でも私も日本と日本人は好きですよ」とのこと。流暢な日本語でそのことを語ってくれた。日本人でも最近は「韓国は日本が来たために近代化したんだから、韓国の人は日本に感謝すべきだ」という人に会ったことがあって、驚いた、という。その話を聞いたとき、ぼくは「いま、日本はそういうように変わってきているんです」としか答えようがなかった。

台湾の元・総統である李登輝氏によれば「台湾の近代化は、台湾がまだ国家の体裁をなしていないときに、日本によって行われた。だから、日本に感謝している人が多い。しかし、韓国はすでに国家があったところに日本が侵略した。だから、嫌われるのは当たり前ではないか」と言っていた。韓国もまた、日本はじめ、多くの周辺国に侵略をされた歴史を持っている。そうは言うものの、台湾にも慰安婦はいて、その人たちが日本の政府に賠償を求める運動をしている人もいるし、韓国では逆に、日本に感謝する言葉を言う人もとても多い。要するに、様々なのであって、国や地域ごとに「反日、親日」などと線が引けるものではないのだ。

ちなみに「東洋拓殖」というのは、戦前の日本による朝鮮半島統治の要となる国策企業で、朝鮮半島では、おもに日本向けのコメを大量に作ろうとして失敗している。

私は、2013年から2015年にかけて韓国の大学教授として釜山の西数十キロのところにある大学で教鞭を取っていたのだが、大学の事務所の建物が日本占領下の日本の企業か政府の建物であって、そこには日本語で建物の由来が書かれていた。さらに、そのすぐ近くには、戦前の日本の憲兵隊の分署の建物もそのまま敷地とともにきれいにして残っていて、それを街の集会場などに使っていた。ここにも日本語の石碑が置いてあり、その由来が書かれていた。日本統治時代のものがことごとく壊されていた、ということはなかったのだ。また、その大学は、戦後、日本の自民党の大物議員が博士号を取った、という記録も残っている大学だ。

その土地には港に日本企業がひしめく、韓国で最初の「自由貿易港」があり、おなじみの日本企業の看板も多い。加えて、日本の東証一部上場企業が多くの工場を作っており、土地の人(特に大学生)はその企業に就職できるのが、ステータスでもある。その企業の日本人の支社長は、市の表彰も受けた。私も、「あそこの会社にコネはありませんかね?」と聞かれることが多かった。

釜山の博物館には、日本統治時代の資料もあれば、江戸時代の「朝鮮通信使」の展示もあるし、朝鮮通信使のみを扱った博物館もまた、別にある。日本語での説明もあるので、日本人が行っても楽しめる。ただし、日本統治時代の日本が行った数々の問題の展示のところでは、日本語のプレートはなかったりする。とは言うものの、こういう配慮はある意味、閲覧者への敬意を示すものでもある、ともとれる。

大阪や福岡から、釜山へは飛行機で1時間ほど。往復で1万円しないときもあった。パスポートを持っているのであれば、東京に遊びに行くより安いのだ。だから、日本人の旅行客も大変に多い。日本語が多いのも、そういう理由による。東京からの飛行機便は大体往復で3万円前後で、考えようによっては、大阪に遊びに行くのと同じくらいだ。釜山は日本に近い。

いろいろ揺れている「釜山」ではある。でも、日本人の観光客は非常に多い。